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パフォーマンス向上を目指すアスリートへ

プロフィール

1968年9月15日生まれ。長崎県出身。

陸上走高跳のパラアスリートT11クラス(視覚障碍全盲クラス)。

世界選手権銅メダリスト。走高跳T11クラスアジア記録保持者。

 

ブラインドの走り高跳び競技中は、公平性を保つために選手はアイマスクを着用します。

コーラーと呼ばれる人がバーとマットを挟んだ対面に立ち、声と拍手で方向を指示。

私の場合バーから5m離れた位置に立ち、その音に向かって助走を始め3歩目でジャンプ。イメージした高さのバーを飛び越え、マットに着地します。

 

職業、鍼灸師。アスリート鍼灸治療の内田治療院。

トップアスリートから市民アスリートまで、鍼治療を通じて選手の記録更新に関わることができるのが 最高の喜び。

内田治療院URL: http://uchidachiryoin.weebly.com/

 

主な戦績

1994年 ドイツ IPC世界選手権 ベルリン大会 走り高跳び出場、走り幅跳び5位

1998年 スペイン IBSA世界選手権 マドリード大会 三段跳び7位、走り幅跳び9位

2002年 韓国釜山 IPCフェスピックアジア大会三段跳び2位(銀メダル)、走り幅跳び3位(銅メダル)

2007年 ブラジル IBSA世界選手権 サンパウロ大会 走り高跳び3位(銅メダル)、三段跳び出場、4×100リレー出場(第1走)

2011年 トルコ IBSA世界選手権 アンタリア大会 走り高跳び3位(銅メダル)

2014年 全国身体障碍者スポーツ大会(長崎国体)100m(40歳以上壮年の部) 優勝 12秒87

2015年 韓国 IBSA世界選手権 ソウル大会 走り高跳び4位

2015年 ジャパンパラ選手権大会(大阪長居スタジアム) 走り高跳び 優勝(141cm、アジア新記録)

2017年 日本パラ選手権(東京/駒沢陸上競技場) 走り高跳び 優勝(136cm、大会新記録)

アスリートに勧めずにはいられない。

2010年2月当時41歳の私は、突然背中の張りや体のだるさを感じるようになり、長年続けてきたいつものトレーニングメニューを急にこなすことができなくなってしまいました。

強度の高い練習後には、かならず口内炎に悩まされるようになってしまい、回復しない体になってしまったことを実感させられてしまいました。2011年トルコで開催される世界選手権での金メダルを目標として日々練習を続けてきたのですが、世界選手権出場のための代表選考を兼ねた大会を目前としたこの大事な時期に、練習を積むことができなくなり、とうとう妻に「今季競技は続けられないかも、選手登録しないかもしれない」とこぼしてしまったほどでした。

2週間休んでも症状はあまり変わらず、いよいよグラウンドへ行くことがストレスとなってきたころ、内田治療院へ、トレイルランナーの鏑木毅選手が治療のため来院されました。鏑木選手と私は同じ1968年生まれ誕生日も丁度1ヶ月違い。それなのに鏑木選手の回復の速さは異常に早く、そしてしなやかな筋肉。同じ年齢でこの違いはと思い「何か特別なものを使っているのでしょうか」と尋ねたところ鏑木選手は「たぶんアスタキサンチンだと思います」と言って、抗酸化作用について丁寧に説明して私にアスタキサンチンを勧めてくれました。

私は使い始めて1週間ぐらいで口内炎ができなくなり1か月後の大会では体の切れも戻ってきて、驚くことに20代後半のころの記録を出し、翌年の世界選手権出場を確信することとなりました。妻からも「この頃背中が張るから踏んでくれって言わなくなったね」と言われ、背中の張りのことなどすっかり忘れてしまっていました。

嬉しくなってしまった私は内田治療院へ来院される多くのアスリートに、アスタキサンチンを勧めずにはいられませんでした。鍼で血液循環が良くなった体にアスタキサンチンが入ると効果絶大。使ってくれたアスリートの中では自己新記録を出す選手が多く、私のところには感謝の言葉よりも「本当にドーピングは大丈夫なのですか」と驚きの声ばかりが届いてきます。

翌年2011年トルコでの世界選手権走り高跳びは金メダルこそ逃してしまったものの、世界戦二つ目となる銅メダルを手にすることができました。そして2014年11月、私の故郷で開催された身体障碍者の長崎国体壮年の部100mでは、46歳にして12秒87で優勝することができました。2015年5月韓国で開催された世界選手権走り高跳びは4位に終わり、残念ながらメダルを手にすることはできませんでしたが、同年9月大阪長居スタジアムで開催されたジャパンパラ選手権走り高跳びではなんと22年ぶりに自己ベストを更新、そのときとんだ記録は141cm、これがIPC公認のアジア記録となりました。

そして2017年6月11日、日本パラ選手権(東京駒沢陸上競技場)走り高跳び136㎝大会新記録で優勝し、142cmのアジア新記録に挑戦したのですが惜しくも記録を更新することはできませんでした。47歳でアジア記録を樹立、48歳の今でもまだ記録を狙える位置で競技できることに、日々感謝をしております。
練習を休むことはありますがアスタキサンチンは毎日欠かさず取り続けております。日々のトレーニングや体の体質など、個人差はいろいろあると思いますが、一人でも多くのアスリートに是非一度試していただきたいと思います。

※個人の感想です。